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ゆっくりと桜の下で深呼吸をしていた姿が今でも目に焼き付いて離れない・・・

ゆっくりと桜の下で深呼吸をしていた姿が今でも目に焼き付いて離れない・・・

「ありがとう。看護師と患者の物語」20話。55才という若さで末期の咽頭癌を患った女性を2年目の時に受け持たせていただきました。その患者さんとの2ヶ月は私の原点になっています。

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私が卒後2年目になったばかりの時、55歳の喉頭癌の末期の女性(柴本さん)を受け持たせて頂きました。

柴本さんは身内の方とは疎遠で、キーパーソンは20年近くお会いされてらっしゃらない弟さん。
当然、入院してからもお会いに来られることはありませんでした。


病に気付いた時にはすでに完治の見込みはなく、入院される日まで対症療法を続けてきたそうです。入院時は病状が悪化し全身の痛みと羸痩も激しくなっていました。


自身では対処のしようがなくなり入院の運びとなったそうで、気持ち的にも塞ぎがちで人を寄せ付けないオーラを放っていました。帰りたいという言葉もなく、人生を悲観したような柴本さんに、私自身どう看護介入したら良いか分からず、不甲斐なさを感じていました。

点滴や清潔保持のための最低限の介入しかできない日々の中、柴本さんの手首には寝るときも手放さず時計をつけている事に気付きました。ふと、その時計について伺ってみると、思いの外会話が弾みました。


またある時、携帯(当時はスマートフォンではなく折りたたみ携帯が主流)をじっと見つめている柴本さんに気づき、何を見ているのかと尋ねると、海外で撮った写真とのこと。柴本さんは海外旅行が趣味で、癌を患う前まで、お金を貯めては世界遺産や観光地を訪ねて歩くことを趣味としていたそうです。


目を輝かせながらはにかむ柴本さんを初めて見て、私は柴本さんを初めて知った気がしました。
同時に癌を患ってからの柴本さんしか知らなかった自分がいた事に気づいたのです。


まだ看護師として働き始めて2年目、仕事に慣れるために、毎日がいっぱいいっぱいの中、患者を知る事をいつしか忘れて業務にばかり目を取られていたのではと反省しました。

その日から、手探りでしたが柴本さんの笑顔を引き出せることは何かと考えてみました。
見せていただいた写真は景色ばかり、自撮りのようなものもなく、友人と一緒だったものもありませんでした。

もしその人が自分だったら・・・と自分に置き換えて考えてみました。
柴本さんは自分の予後がわかっていらしたので、悲観したい気持ちになるのは当然。
現実を知っている柴本さんに対して、自分のような若い看護師に期待していることや、できることなんてないのだろうかと悩んだりもしました。


でも笑顔で話してくれたことは事実で、そのことが一つ自信にもなっていました。

後日、私は柴本さんに一つ提案をしてみました。
柴本さんはすでに独歩は不可能、車椅子で自走するのもやっとで、トイレに行くのも要介助の状態。


私から、院外を車椅子で散歩してみませんかと問いかけてみたのです。
考えること数分・・・柴本さんはしばらく考えながら、最終的に、「ちょっと化粧していい?」と、照れくさそうにおっしゃられたのです。


その時、「よし!」と心の中でガッツポーズをしたことは今でも忘れられません。

ちょうどその頃は桜の季節でした。
病院と付属の看護学校の間には数本の桜が植えられており、その間をゆっくり歩きました。

正直その時、私自身も緊張しており何を会話したのかは覚えていません。
でも、ゆっくりと桜の下で深呼吸をしていた柴本さんは印象的でした。

それ以降、私が出勤した際には、ナースコールで私を指名をしてくれるようになりました。
それが嬉しかった私は、徐々にADLが悪化していく柴本さんの変化を見過ごしはしまいと日々看護計画を更新することを心がけ、できる限りの看護を提供しようと頑張っていました。


柴本さんのありがとうという言葉は、いつしか自分の中での喜びとなり、同時に看護が正しかったという貴重な経験を頂いていました。そうした頑張りを先輩ナースは気づいてくれて、多忙な中でも一緒に考えてくれたり協力してくれるようになりました。

そして入院して2ヶ月半、柴本さんは最後、意思の疎通が取れなくなり、眠るように息を引き取りました。


結局、女性にとって、私の関わりが本当に良かったのか、柴本さんに直接聞くことができないのでわかりませんし、関わりの中で柴本さんの心境が何か変わったかと聞かれたら、答えられません。


それでも私にとっては、忘れられないし忘れてはいけない患者さん。
看護の素晴らしさや楽しさを教えてくれた患者さんであり、今の自分の原点になっています。

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