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ふわっと薫るお線香の匂い『おばあちゃん、本当にありがとう。沢山の強さと優しさを教えてくれてありがとう』

ふわっと薫るお線香の匂い『おばあちゃん、本当にありがとう。沢山の強さと優しさを教えてくれてありがとう』

「ありがとう。看護師と患者の物語」25話。看取りを通して、患者さんの生きてきた道や家族の思いを知り、看護師としてのわたしの土台を作った出来事。

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70代のおばあちゃん。
このおばあちゃんは、点滴の留置針を入れられずに泣いていたわたしに、
「わたしの血管が悪いんだよ」
「気にしないでやりなさい」と言ってくれた人でした。


この出来事があってからわたしは、
『できないことでも食らいついていく』
『患者さんの思いを無駄にしない』そう心に決めて、仕事に臨むようになりました。

持っていた病気のせいで、度々〈誤嚥性肺炎〉を起こしていたおばあちゃん。
その都度、抗生物質の点滴で回復をしていましたが、徐々に弱っていきました。車椅子に乗ってホールに出ることも、リハビリをすることも少なくなり…


私「坂本さん、からだ辛い?」
おばあちゃん「…うん。」
どんどん会話も少なくなっていきました。

そして、その日は近づいていきました。
久しぶりの部屋持ちについたわたし。その日は夜勤でした。

先輩「かなり容態が悪いです。」
そう申し送られて、わたしにも緊張が走りました。
おばあちゃんの病室に急いで行くと、ご主人が付き添っていました。


わたし「こんばんは。夜勤です。よろしくお願いします。」
モニターを見ると、心拍数がかなり高い。血圧も低い。
痰がらみもひどく、呼吸もままならないおばあちゃん。


酸素マスクで送気して、なんとか持たせている状態。
全身がむくんで、あのほっそりした姿が嘘のようになっていました。
『たった数日で、こんなにひどくなるなんて』
一瞬言葉を失いました。


傍らには疲れ切った表情のご主人。
言葉にならない思いを抱えているようでした。

それからしばらくして、容態が更に悪化していきました。
吸入しても全く痰の状況はよくならず、ご主人からのナースコールがありました。


ご主人「息が…苦しそうなんです。」
できるだけの対応はしましたが、状況はよくなりません。
ご主人も、わかっているようでした。
まだ元気な頃、よくお見舞いに来ていたご主人。
いろいろなことを話しかけて、それにポツンポツンと応えるおばあちゃん。
それがなんだか優しげな雰囲気で、おばあちゃんもうれしそうに見えました。
ご主人は、しきりに奥さまの足をさすっていました。


ご主人「辛いかい?辛いかい?」
そう、何度も繰り返し聞いていました。
もう、何も答えてくれない、おばあちゃん。
それでも、一生懸命さすっていました。



ご主人「目が…、目が閉じないんですよ。」
そう、わたしに尋ねました。
見ると、眼球にも浮腫が出ていて、しっかり目が閉じられなくなっていました。
少しだけ瞼に触れてみたけど、浮腫んだ粘膜が挟まって閉じられません。
わたし「目もむくんでいて、しっかり閉じなくなってるんです。」
ご主人「…」
わたし「つぶらせてあげたいですよね。」
ご主人「辛そうでね。」

その時、わたしの頭におばあちゃんとの思い出が蘇ってきました。

わたし「少し前に、坂本さんに点滴をする時に、わたし、何度も失敗してしまったんです。
その時坂本さん、『わたしの血管が悪いせいだから、気にしないで刺して』って言ってくれて。本当にありがたくて、そのことがわたしの力になっているんです。」


そう、ご主人に伝えました。
ご主人は、おばあちゃんをさする手を止めずにずっと聞いてくれ、
ご主人「…強い人だったからなあ」
とても優しい目で見つめながら、そう一言いいました。
わたし「…本当に、そうですね」
その言葉しか、もう出ませんでした。

次の日の朝方。
おばあちゃんは、息を引き取りました。
夜勤の記録などでまだ病棟にいたわたしは、日勤の先輩にお願いして、エンゼルケアをさせてもらいました。


おばあちゃんの顔は、とても安らかで。
それを見ていたら、またあの時の思い出が蘇ってきました。
「坂本さん、ありがとう。」
点滴をさせてもらった細い腕を思い、触りながら、そう伝えました。

1日、2日経って。
誰もいなくなった、おばあちゃんがいた病室の前を通りかかり、
「坂本さん、もういないんだな」
そんなことを思って、ふと病室に入りました。
すると。


ふわっと、お線香の香りがしたのです。
「あ、坂本さん。」
不思議と怖さは全くなくて。


それよりも、ここに来てくれたこと。
会いに来てくれたような、そんな嬉しさや懐かしさがこみ上げてきました。
おばあちゃんの変わらない表情と優しい言葉。
優しさと凛とした強さのある雰囲気。
それをまた思い出しながら、わたしは部屋を出ました。


おばあちゃん、ありがとう。
たくさんの優しさと強さを教えてくれて、ありがとう。
看取りを通して、患者さんの生きてきた道や家族の思いを知り、看護師としてのわたしの土台を作った出来事でした。

イラストレーター紹介

イラストレーターのオカ サヤカと申します。
温かいイラストで、皆さまの素敵なエピソードを彩ることができていたら幸いです。
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