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大切な大切な思い出『私はこれからも1人でも多くの人を笑顔にできるように、生きていきたい。』

大切な大切な思い出『私はこれからも1人でも多くの人を笑顔にできるように、生きていきたい。』

「ありがとう。看護師と患者の物語」26話。私は看護師3年目の時、産婦人科病棟で勤務していました。そこは、赤ちゃんが産まれる〈産科〉と末期のガン患者さんがいる〈婦人科〉が混在する病棟。私はその病棟が嫌いでした。

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私は看護師3年目の時、産婦人科病棟で勤務していました。
そこは、赤ちゃんが産まれる〈産科〉と末期のガン患者さんがいる〈婦人科〉が混在する病棟。


末期のガン患者さんたちは、1つの病室に入院していました。
はじめて部屋持ちについた日、私はとても緊張して病室に入りました。


私「おはようございます!」
おばあちゃん達「お!はじめての看護婦さんだね。」「おはよう。」「よろしくね。」
皆さんフレンドリーで、ほっと胸を撫で下ろしました。
化学療法などの治療で入退院を繰り返している方たち、おばあちゃんたち同士、みんな顔見知りでした。


「いつ点滴さ?」
「体こわいんだー」
「また検査だあ」


病気の話や身の上話。包み隠さず話していました。
私はその雰囲気がすっかり心地よくなって、おばあちゃんたちの病室にちょくちょく足を運ぶようになりました。

ある日、部屋持ちではないけど病室に行った時には、
おばあちゃん「おいでおいで。」

そう、小さな声で手招きをするので行ってみると、そこにはカットされたスイカがありました。


私「差し入れですか?美味しそうですね!」
おばあちゃん「嫌いじゃない?じゃあ食べていきな。」
私「いやいや!仕事中だから…」
おばあちゃん「しーっ!ちょこちょこッと食べたらわからないって!」
私「…えーじゃあ少しだけ!」


そんなやり取りもあって、まるで2人目3人目のおばあちゃんができたようで、毎日楽しく仕事をしていました。

病室に6人いたおばあちゃんたち。
そのおばあちゃんの中でも、殊更私がお世話になったおばあちゃんがいました。
おばあちゃんは60代と、病室ではまだ若い方。

婦人科もがん治療もはじめてだった私に、
おばあちゃん「初めて見るでしょ。」と、鎖骨下リザーバーや手術跡を見せてくれたり、
おばあちゃん「ゆっくりやりな。」と、慣れない処置に手こずっている私を待っていてくれたり。
いつも、私の成長をゆっくり見守ってくれていました。

おばあちゃんのいる病室は、みんな末期のガンを患っていました。
だから月日の流れと共に、1人、また1人と天国に召されて行きました。


おばあちゃん「〇〇さん、具合悪くなっちゃったねえ」
傍らでその様子を静かに見守っていたおばあちゃんに、私は声をかけました。


私「なんだか、さびしいですよね」
しばらくして、おばあちゃんは言いました。


おばあちゃん「私、死ぬのは怖くないんだ。ただ、痛いのが嫌だなあ」
いつもの口調でそう言ったおばあちゃんは、いつかは自分に来るだろうその日のことを、もう既に受け止めていました。


そして、その日は少しずつ近づいていたのです。

おばあちゃんのガンは徐々に全身に転移していきました。
化学療法も試みましたが、劇的な効果もなく、出血・浮腫・尿閉などが起き始めました。


おばあちゃん「おしっこが出なくて、辛いんだ」
夜勤の時に何度かナースコールがあり、導尿をしたこともありました。
そして、歩くのも困難になり、おばあちゃんは個室に移動することになり、ベッド上で過ごすことが多くなりました。


私は当時、院内バンドに所属してエレキベースを担当していました。
私「おばあちゃんと民謡をやったり、エレクトーンをやったり、バンド活動をしていたこともあるんです」
おばあちゃん「へー。ミュージシャンだねえ。かっこいいねえ」
そう言って、とても喜んでくれていました。

冬のある日。
おばあちゃんの部屋に行った私は、おばあちゃんに報告をしました。


私「西さん。今度ロビーコンサートがあるから、良かったら見に来てね。」
おばあちゃん「そうかい。わかったよ。」


状態が日に日に悪くなっているのはわかっていたけど、言わずにはいられませんでした。
おばあちゃんの楽しみのひとつになれば。そんな思いもありました。

そして迎えた、ロビーコンサート当日。
ベースを持って立ったわたしの右前方に、おばあちゃんがいました。
ベッドをギャッジアップして、こちらをしっかり見てくれていました。
私は嬉しくて手を振り、一生懸命演奏をしました。
体もリズムに乗り、満面の笑みだったと思います。


そして、コンサート終了後、おばあちゃんのところへ行きました。
私「西さん。見に来てくれてありがとうね!嬉しかったー。ちゃんと見えたかな?」
おばあちゃん「うん。すごく良かったよー」
そして、おばあちゃんはゆっくりとした口調で、こう続けました。
おばあちゃん「あんた。こういうこと、これからも続けるんだよ。」
私「え?」
おばあちゃん「こういうこと、続けたらいい。」


おばあちゃんはそう言って、またゆっくり目を閉じました。
それが、おばあちゃんと交わした最期の会話になりました。

おばあちゃんはコンサートを見に来てくれた数日後、天国へ旅立ちました。
「こういうこと、続けたらいい」


それからずっと、おばあちゃんの言った言葉の意味を、私は考えていました。
(看護師をしながら音楽を続ける?)
でも、その当時勤めていた病院を退職した後は、バンド活動をする場所を探したり、音楽自体をする気力もなく、いつしかおばあちゃんのその言葉を思い出すこともなくなりました。

あれから16年。
私は、看護師をやめ、心理カウンセラーの資格を取り、その傍ら音楽活動をはじめました。
歌を歌っている時。ステージに立っている時。
私は楽しくて、嬉しくて、体から力が湧いてくる。
そしてステージに立っている私を見て、笑顔になってくれる人がいるのです。


「こういうこと、続けたらいい」


あの時のおばあちゃんの言葉は、今の私の姿を教えてくれていました。
ステージに立って、楽しんだらいい。
みんなを喜ばせたらいい。
それが一番だよ。
他愛もない話をして、笑って過ごした日々。


何気ない会話。何気ない出来事。
笑うこと。話すこと。触れること。
ただそれだけのことだったけれど。
私にとっても、きっとおばあちゃんにとっても。
あの時あの場所にいた人、みんなにとっても、かけがえのない、大切な時間だったんだと思います。


「あんた。こういうこと、これからも続けるんだよ。」


おばあちゃんのこの言葉を胸に、私はこれからも1人でも多くの人を笑顔にできるように、生きていきたいと思います。
大切な、大切な、思い出の一つです。

イラストレーター紹介

イラストレーターのオカ サヤカと申します。
温かいイラストで、皆さまの素敵なエピソードを彩ることができていたら幸いです。
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