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延命治療の苦しみから開放されて・・・『もう十分だ、楽にしてくれ』

延命治療の苦しみから開放されて・・・『もう十分だ、楽にしてくれ』

ありがとう。看護師と患者の物語。48話。入院後容態が悪化し、ご家族の意志で延命治療をすることになった患者さん。しかし、延命治療の苦しみに耐えられず・・・

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中塚さんという80歳代の男性の患者さんがいました。

中塚さんはよく、「俺はもう十分生きたから!」「もう子供や孫にも残すものは残したから思い残すことはないんだよ!」と大きな口を開けてがはははっは!と豪快に笑うとても明るい人でした。

辛い時も弱音を吐かず、「看護師さんも大変だなぁ」と走り回っている私たちに声をかけてくれることも多々ありました。
そんなとても明るくて優しい、豪快な笑顔が私は本当に大好きでした。

しかし、心不全で入院していた中塚さんは、入院して1ヶ月頃から症状が悪化。
ご家族が延命治療を強く希望されていたため、ご本人の意思と正反対に治療が開始されました。

全身浮腫が強く点滴でいくつもの薬剤が投与され、尿カテーテルも挿入。

状態が悪化してからは以前の中塚さんからは想像できないほど表情が暗くなり、「もうなにもかも嫌だ」とよく口にしていました。

私が夜勤で中塚さんを担当した日のこと。
「もう限界だ」「こんなにつらいのは耐えられない」とこぼす中塚さん。

慣れない夜勤の中、いつもにも増してただならぬ雰囲気の中塚さんが心配になり、何回も訪室して手を握り話を聞いていました。

話を聞くうちにウトウトと寝始めた中塚さんに安心して、私は一度退室しました。

そして巡回で病室に再び訪室すると、中塚さんは自分で尿カテーテルを抜き、点滴を引きちぎってしまっていたのです。

驚く私を見て、中塚さんは「もう十分だ、楽にしてくれ」とまっすぐ力強く見つめました。

男性の長く狭い尿道からカテーテルの風船が膨らんだままの状態で抜くことはかなりの痛みを感じます。

その苦痛よりも、中塚さんはこの状況から逃れたかったのです。
暴れる中塚さんの姿は最初のころからは想像も出来ず、私はかなりのショックを受けました。

しかし新人だった私は、まだ中塚さんの苦しみや気持ちを理解することができていなかったのです。

なぜなら私は、点滴が抜けたら栄養が摂れない、尿カテーテルがなければ尿量がわからず状態を把握できない。
そしたら中塚さんの病状はもっと悪くなってしまうのでは…と考えてしまっていました。

そのため医師から、点滴と尿カテーテル再挿入の指示が出た時、違和感を感じながらも1年目の私は反論することができませんでした。

挿入してもまた抜去するリスクがある、と伝えると医師は四肢を拘束の指示を出しました。

私は中塚さんに顔向け出来ず、ただ無言で中塚さんの腕や足をベッドに縛り付けました。
四肢を拘束された中塚さんは「なんでなんだ…なんでなんだよう…」とただ天井を見つめ力なくぼやいていました。

私はこれは中塚さんの為だ、と自分に言い聞かせ、「中塚さん…ごめんなさい…」と小さな声で応えることしか出来ませんでした。

夜勤が終わり家に帰ってからも、これで良かったのか、何が正解だったのか、ずっと考えていました。

その後、さらに心不全が悪化しても中塚さんのご家族は延命治療を希望されました。
DIC(播種性血管内凝固症候群)が進行し、あらゆるところから出血した中塚さんの口の中は血まみれでした。

意識があるのかないのかわからないほど状態は悪化していました。
かなり厳しい状態が続いた頃、医師と家族が話し合い、これ以上の延命治療はしないとの決断がついに出ました。

その日、受け持ち看護師だった私は中塚さんの体から点滴や尿カテーテルを除去しました。

意識があるかわからないけれど、耳元で
「中塚さん、もう全部終わりましたよ。中塚さんが嫌だったもの、もう全部取りました。頑張りましたね。」
と、言うと本当に偶然かもしれませんが、口元が少し動きあの、がっははははと豪快に笑っていた時の中塚さんの表情が見えた気がしました。

その時、中塚さんがどんなに今を待ち望んでいたのか、どんな気持ちだったのかいろいろな思いがこみ上げてきて、病室にご家族がいる前で号泣してしまいました。

翌日、中塚さんは旅立ちました。
その顔はとても綺麗で、とても安らかな表情でした。

あの時をきっかけに、病態だけを見るのが看護ではなく、例え余命が短くなろうとも、その人がその人らしく最期を迎えられることが治療であり看護なのだと感じました。

10年経つ今でも、中塚さんのあの豪快な笑顔がたまに頭に浮かび、今の私の看護師としてのやりがいや目標になっています。
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イラストレーターのオカ サヤカと申します。
温かいイラストで、皆さまの素敵なエピソードを彩ることができていたら幸いです。
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